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Monster 2

ゾロは、サンジに案内されるまま、どこの貴族の物かと思われるような立派な館に案内され、
まず、温かな湯の中に叩き込まれた。
毛皮があったとはいえ、雨風に長い間曝され、体が冷え切っていたのだなということが良くわかる。

十分な光の中で改めて異形と化した体を見ると、なんともいえない気持ちになった。
ショックを受けているというほどではないが、親から貰った折角の五体満足の体が・・・と思うと申し訳なく思う。

洋服は、今まで持ち歩いていた洋服でまともに着れる物は、腹巻くらいしかなく。
そもそも、毛皮の上に何かを着るというのも暑苦しくて居心地が悪い。
仕方がないので、自分のズボンにいくつか切れ込みを入れたり膝下をちぎったりして、
ズボンと腹巻だけを身に着けた。


その後、食卓らしい場所に連れて行かれると、
今まで食べたこともないような豪華な料理が並んでいた。

思わず「金なんて持ってねぇぞ。」と、律儀に言ってしまうと。
サンジは、はははバァカと笑うだけで、「いいから食えよ」と、鳥の肉を口の中に突っ込まれた。


美味い。


あとはひたすらに、まさに我を忘れて腹を満たすことに没頭した。
目の端で、そんな自分を目を細めて見つめているサンジが居たのはわかったが、
腹が満ちれば急激に襲ってくるのは睡眠欲。
せめて、ご馳走様の一言だけでも言ってやりたかったが、気絶するかのように意識はぷつりと途切れてしまった。





次に目が覚めたのは、やたらとふかふかするベッドの上。
生まれてこの方、粗末なベッドで寝られるときはまだましなほうで、
普段は床か、野宿も当たり前・・・という生活を送ってきたゾロにとって、
一瞬雲の上にでも居るのかと思い、手足をばたつかせてしまった。

「なんだなんだ、不安な夢でも見たのか?」

あまりにも近くから聞こえてきた声に驚くと、なんとサンジが同じベッドの中にいた。
キングサイズのベッドだったので、狭くはなかったが。
いまだ嘗て寝ている自分のそばに誰かを招きいれたことなど無い。
商売女でさえ、用が済めば部屋からたたき出していた。

二の句が告げずにぱくぱくと口を開閉させていると、サンジは悪びれる様子も無く

「初めて子犬を貰ってきたときは、不安にならねぇように一緒に寝てやりましょう。
って言うだろ?」
などと言って笑う。

サンジは最初に出会った時の服とは真逆の白いバスローブを身に着けていた。
胸元からはバスローブよりもさわり心地のよさそうな素肌がチラリと見え、思わず息を呑む。

どうやら本人は小さなろうそくの明かりを頼りに、本を読んでいたらしい。
そこに、丁寧にしおりを挟み本をサイドテーブルの上に置くと、
あごに手をやり、枕にひじをつきながらゾロの顔を見上げた。

「名前。」

「あ?」

深く青い瞳に見つめられている。そう思うと、つい言葉の意味を聞き逃した。

「お前が寝むっちまう前に、名前聞くの忘れてた。テメェの名は?」

「あ・・・ああぁそうだった。俺の名はロロノア・ゾロだ。ゾロでいい。
今回は、その。すげぇ助かった。飯も食わせてもらったし、・・あー・・」

「あぁ、その礼ならいいや。寝言でちゃんと言ってもらったからよ。
『ご馳走様でした、美味かった』ってな。ちっと照れたぜ。」

「・・・・・。」

「躾はちゃんとできてるみてぇだなぁ。偉いぞ?」

にこにこしながらゾロの首の辺りの毛皮をなでてくる。
その邪気の無い笑みを向けられると、なんとも気恥ずかしい気持ちになってサンジの事を見れなくなった。
「なにが躾だ。」と、もぐもぐと口を動かしたが、
サンジの口調には、ほんの少しだけからかう気持ちはありこそすれ、
明らかに人外になってしまった自分を蔑む響きはない。

「ま、ともかくだ。
それが治るまで、安静にしている必要はねぇが、しばらくはこの館から出るな。
きちんと完治したかったら、俺の言うことを聞いておけ。」

「・・・俺のこれは病気だっつったな。」

いまだ治らない獣の姿を見下ろし、訝しげにたずねた。
こういう未知の世界のことを、自分にもわかるようなものに例えて説明されると逆に戸惑ってしまうが。
サンジは自信を持った表情で頷いた。

「まぁな、それに近いもんだ。ちっと特殊なウィルスにやられたと思え。
それにかかると体がやたらと頑丈になるが、そのぶん頭がぱーになって心が壊れる。
だが、手遅れになる前に適切な処置をすれば全快できる。そういうちょっと不思議な病気だ。」

今は食事に混ぜておいた薬が効いているはずだから、
衝動は随分収まっているだろう?と言われて、
初めて目の前の男を殺したいなどと言う凶暴な気持ちがなくなり、
しんと静まった湖のように平穏であることに気がついた。

「なるほど。病気な・・・教会に行ったら、全然違う説明を受けそうだ。
悪魔がどうのとかなんたらとかよ。」

「神の力が必要なモンスターもいるさ。ただ、テメェの場合は違うってだけだ。」

「なら、テメェはなんで知ってるんだ?」

「ヴァンパイアはライカンスロープに詳しいモンなのさ。」

「らい・・?」

「ライカンスロープ。月夜の晩に獣になっちまう化け物の通称だ。
狼男のほかに、熊男とか猫女とか、そういうのを含めて皆ライカンスロープっつーんだ。

つーか、そこら辺の歴史とか知りてぇ?」

「手短に話してくれんなら。」

「はははは、正直だな。んじゃ・・・」

サンジはぱたりと寝返りを打ち、わずかに首をかしげてゾロを見つめた。

「寝物語の代わりに話してやろう。
途中で寝ちまってもいい、そんなに面白い話じゃねぇから。」








ライカンスロープくんたちとヴァンパイアくんたちはお互いを憎みあっていました。

ヴァンパイアくんたちにとって見れば、
自分たちは、人が恐れる死すらも超越した偉い存在です。
だから、コントロールできない病に侵された半病人達の癖に大きな顔をしたがる
ライカンスロープくんたちの事が大嫌いでした。

そしてさらにヴァンパイアくんたちにとって、ライカンスロープくんたちをやっつけたい理由がもう一つありました。

ヴァンパイアくんたちは、確かに不死な上にとても偉くて色んなことを知っています。
けれど、その一方で弱点が多く、モンスターの中ではあまり肉体派ではありません。
(もっとも、ただの人間と比べればとんでもない強さですが)
そこで、まずヴァンパイアは別の固体に牙を立てることによって、忠実なる下僕を作り上げる事が出来ます。
ですから、もしライカンスロープに牙を立て、ライカンスロープヴァンパイアを作り上げたらどうなるでしょう。
ただの人間をヴァンパイアにするよりもずっと頑丈な、肉の壁になりうる下僕の出来上がりです。
さらに、大嫌いなライカンスロープが、自分に跪き頭を垂れる様はきっと愉快に違いありません。


一方、ライカンスロープくんたちにとってみれば、
自分たちは、人の身体能力の限界を突破したすごい存在です。
だから、アンデット化した死に損ないの癖に大きな顔をしたがる
ヴァンパイアくんたちの事が大嫌いでした。

そして、ヴァンパイアくんたちがライカンスロープくんたちを下僕にしたい、と望むのと同じように。
ライカンスロープくんたちにも、彼らに戦いを挑む理由がありました。

ライカンスロープくんたちはとても頑丈で強い身体を持っています。
しかし、その力は月の満ち欠けに左右され、日によって全力が出せたり出せなかったり、
更に満月になってしまうと抑制が効かなくなり、自分の意志ではなく変身してしまう上に理性がなくなってしまいます。
これがライカンスロープくんたちにとってはとても困る事なのです。
しかし、それをいっぺんに解決するすばらしいものがありました。
ヴァンパイアは夜の眷属。その魂には夜のエキスが含まれているといいます。
その『夜のエキス』があれば、月の満ち欠けに左右されずに、自分の意志一つで姿かたちを変える事が出来るようになるのです!!
『夜のエキス』はどうやったら手に入るのでしょう。
答えは簡単です、ヴァンパイアの心臓を一口齧ればよいのですから・・・。

ですからヴァンパイアくんたちとライカンスロープくんたちは
今もどこかの空の下で戦争をしているに違いないのです。








「・・・・・・寝たか?」

「あーー、いや?起きてる。
だが、ということはテメェ・・・」

「勘違いすんな。俺は降りかかる火の粉は払うが、自分から下僕をどうこうなんて考えた事はねぇし、特に下僕だ奴隷だ何だってものの考え方はごめんだね。
自由って言葉の方がロマンを感じる。」

「じゃぁ、逆は? まぁ、俺はお前に説明されるまで、んま化け物どもの確執なんざ知らなかったが、もし・・・」

「うん、なんつーか、気まぐれ?」

「・・・・。」

「はははははは。」

「・・・病気を治してくれることには感謝する。」

「あぁ。ただ、完治するまでは俺を少し助けてくれてもいいだろ?
俺がお前に望む事があるとしたらそれだけだ。」

「それならいい。受けた恩は必ず返す。」

「律儀な奴だ。」

サンジは目を細めながらゾロを見た。
可愛いものを見るような視線を向けられたことなど初めてで、ゾロも戸惑いを隠ず、
ひとまず咳払いでそれを振り切る。

すると今度はサンジは少し目線をずらして、唇を尖らせていた。
そして、ゾロがサンジの方を見ていると気がついたサンジはそのまま枕に顔をうずめてしまった
そこでゾロはやっと「照れているのだろうか?」と思い至る。

「・・・なんかさ。
テメェの吼え声がここまで聞こえてきてよ。

・・・すげぇ、力強ぇな・・・生きてるんだな、って、思った。
生きてて、目的があって、それに向かって命を燃やしてるんだって・・・そういう吼え声だった。」

サンジはまだ枕に顔を埋めたままで表情などは見えない、だが、どうしてか静まったはずの心がざわめくような気持ちになった。
全身を覆う毛の一部分、数日前までなかった器官である尻尾の部分の毛が、ぶわりと膨らんでいるのが判る。

「本当はな、俺は今までライカンスロープを見たら殺してきた。
人間にとっても鼠算式にどんどん増えられると、ちょっとした街なんて簡単に壊滅するし。
大抵がお前みたいな奴じゃない、心の底まで獣に成り下がっちまってる上に。
そもそも俺の心臓を狙ってくるようなのばっかりだった。

だから、俺は理性の残ってるライカンスロープを見たのは初めてでよ。
普通は最初に迎える満月の晩に、衝動に負けて心が壊れる。
一度心が壊れちまったら、もう治すのは無理だ。」

尻尾の毛のふくらみが、全身に移ろうとしている。
びりびりと痺れに似たソレにゾロは戸惑い、
サンジの説明が耳には入ってきたが、内容は上手く理解できなかった。
ハ・・ハ・・と、妙に息苦しい気がしたが、なんとなくサンジに知られるのが嫌で
慎重に深呼吸をした。
だが満月時に感じた忌々しい衝動とはまた別の衝動が心を支配しているように感じる。
ただ、衝動を感じこそすれ、自分が何をしたいのかはわからなかった。

「それなのにお前は衝動に耐えた。このままほおって置くには惜しいっつーのもあるけどよ。
何よりも、ちょっとだけ話してみたくなった。多分それが理由。」

手を伸ばして、ゾロの胸のあたりの毛をくるくると弄った。
洗いたての毛なので、それはふわふわと手に心地よく、サンジは目を細めて笑う。

「夢とか・・・あるんだろ?テメェにも。」

「夢なんてやわらけぇもんじゃねぇけどな。
世界一の剣豪になる。それが俺の野望だ。」

「はは・・・・・はははははははっ あぁ・・・やっぱな、やっぱそうか。
うん、そういうものを持ってると思ったんだ。世界一か、そうか。
そりゃ、こんなところで狂ってるわけにはいかねぇよな。」

不思議な表情をしていると思った。
笑っているのに、泣いているような。嬉しいのに悲しんでいるような。
ゾロと同じほどに熱く燃える思いがあるのに、それを噛み殺しているような・・・

「さて・・・ちっと喋りすぎたな。お前ももう少し寝ろ。
明日になれば月も欠けるから衝動はさらに治まっていくはずだ。
そうなったら、テメェに少し頼みたいことがあるからよ。」

ふっ・・・と言う、微かな吐息に蝋燭の小さな火が吹き消され、
あたりに完全な闇が訪れる。

しかし、今の己の目は闇の中でも見えるようになったらしく、
もぞもぞと自分の懐に納まろうとしているサンジの金髪が見えた。
今まで、それが子供の頃であっても、ここまで近くに他人を寄せたことはない。
それが、性的な雰囲気も見せず、しかも男であるのに・・・

「おい。」

「・・・いいじゃねぇか。寒ぃんだよ。こんなに毛皮があるんだから少しは体温をよこせ。」

指先で頬に触れてみると、確かに随分とこの体は冷えていた。
そうだ。ゾロは知っている。これは死者の温度だ。

先ほどサンジが口にした、冗談のようにも聞こえるバンパイアとライカンスロープの話に出てきた
「死」という言葉が脳裏に蘇る。
自分が最初にサンジに感じた死臭は勘違いではなかった。
なんとなくほおって置けなくて、その細い体をそうっと抱きしめる。
だが、どんなに耳を澄ましても、サンジの体からは暖かな鼓動のリズムが感じられない。


ずしりとなんとも言いがたい気持ちにゾロは襲われた。
心が重い鎖でとらわれたようで、酷く息苦しく、
つい抱きしめていた腕に力を入れそうになってしまい、慌てて力を抜いてそっとそっと腕の中に閉じ込めた。
今の自分は、かなり人間離れした力を持ってしまっているのが判っていたので、気を使う。

すると、ふ・・と、満足げなため息が聞こえたので、
ゾロは、あぁ、これでいいのかと少し安心して目を閉じた。
ぶわりと膨らんでいた尻尾がすぅ・・と力をなくし、先ほどの気絶したような眠りではなく
心地よい眠りが自分を包んでいくのが判った。



眠りに落ちる半瞬前に、サンジと出会ってすぐに感じた不思議な感覚と言うものが、
人間社会においてそれをいったいなんと呼ぶのかが判った。

美しい・・と。そう思ったのだ、この男に対して。

ヴァンパイアだと名乗る白い男。
それがどうしようもなく美しく感じ、手に入れたいと思った。
月のエキスだとか、それのある心臓などには興味はない。
欲しいのはもっと深くにある別のものだ。
今己の腕の中で眠る冷えた体の背をゆっくりと撫でながら目を閉じ。自覚する。





あぁ・・・俺はコレに惚れたのだと。





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