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世の中には、いろんなモンスターの噂があるが、 大嘘もあれば真実に近いものもあったりする。 知的モンスター本人に聞いてみても、判らないことと言うこともある。 要するに、我々人間が知っていることなどほとんど何もないのだ。 それゆえに、彼らはモンスターと呼ばれる・・・・。 Monster
ロロノア・ゾロと名乗る青年は、ごとりと背中を預けていたものに頭を乗せた。 辺りはきちんと掃除されていて埃一つ無かったが、それでも湿っぽい空気が漂っている。 石で出来た地下室なんてこんなものだと言うことはわかるが、 それでも不快そうに眉間にしわを寄せた。 だが、それは自分の為ではない。 この・・・冷たい・・己が身を預けている棺の中にいるはずの男の為だ。 男の正体を知っても尚、彼に湿っぽいのは似合わないとゾロは思う。 「早く出て来い。」 小さくつぶやき、こつんと棺桶を指先で叩いた。 返事は・・・無い。 ゾロは少しだけため息をつくと、目を閉じた。 ロロノア・ゾロは、元々一介の剣士で、一箇所に留まることをしない男だった。 三刀流という己で編み出した剣術で世界一の大剣豪になることが野望であり、 その為に、世の賞金首を狩り生計を立てながら腕を磨く日々が続いていた。 そんなある日。 いつものように賞金首を狩るため山に入った。 珍しく、特に迷うわけでもなく目当ての賞金首を見つけたが・・・ 相手の賞金首は明らかに異常な姿であった。 血走った目、苦しげな呼吸音、理性を持たないまなざし。 獣のような吼え声、そして・・・めりめりと体が膨張し毛皮が肌を覆い、鋭い爪が伸び、牙が生え、これは・・・・・ 噂に聞く、人狼というものだと、そこでやっとゾロは知った。 しかし、狼男と一口に言っても、膨大な噂の中に真実は落ちている。 少なくとも、ゾロはこのような化け物を見るのは初めてであるし、そういうモンスターがいるらしいということしか知らなかった、 そもそも今ここで本物を目にするまでは信じてもいなかったのだ。 そして、無知とは命を脅かすのに十分な脅威である。 確かに、普通の人間とは信じられない力に、俊敏な動き、爪と牙は危なかったが、 人狼と化した男を殺すことはゾロにとって他愛もないことであった。 しかし・・・ゾロは戦闘中に、その返り血を少量浴びた。 狼男という存在は病気のようにして伝染してゆく。 その爪と牙で傷つけられたり、或いは、その血を介して・・・・。 ゾロがその異変に気がついたのは、その戦闘よりほんの数日後。 動悸がやけに早く感じられ、視力・嗅覚など五感が異常に良くなった。 傷の治りも・・明らかに早い。 そして、丁度一ヵ月後の満月の晩。 衝動は急激に沸き起こった。 体の底から湧き上がる力を維持するために、腹を満たしたいという衝動。 同じ性を持つ雄をことごとく殺し、競争相手を無くしたいと言う衝動。 女をかたっぱしっから捕まえて犯し己の子孫を残したいという衝動。 これらの衝動は強烈で、ゾロは大事になる前にと3本の刀だけを手にして、 我ながら凄まじいスピードで街を離れた。 山や谷をいくつ越したかわからなくなったところで、ゾロはその衝動を振り切るようにしてただひたすらに吼えた。 ゾロが今までに鍛えてきた心身を振り絞るように、その衝動を押さえ込む。 しかし、自分が切り捨てた男のように、体に狼の毛が生え始め、爪と牙が伸びてしくしくと傷み。 骨格すらも明らかに変わってきた。 同時に衝動は、獣に理性は必要ないと言わんばかりに、脳みその中すらも侵食してゆく。 オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ 人のものか獣のものか判らぬ吼え声が深い山の中に木魂する。 ゾロはこんなところで意識を手放すことは出来なかった。 剣の道は、ただの獣などには極められない尊きもの。 欲望のままに血を求めるだけの獣に成り下がるわけにはいかなかった。 ただひたすらに吼えて、途切れかける精神を振るえたたせていた。 タタッ・・・・タタタタッ・・と、 何かの小さな足音このような音に、閉じていた目を開けた。 ひどく頭が重い。 しばらくすると、足音のような音、とは、雨粒が木の葉をたたく音だということに気がついた。 見れば、己の体に突如として湧いた毛皮がしっとりと濡れている。 体もひと回り大きくなったのか身に着けているズボンがきつく、シャツなどはちぎれ落ち、白い布切れがあたりに散乱していた。 手のひらを見れば明らかに人のものではない、鋭い爪。 ・・・これぁ・・・・。鬼徹と・・・雪走じゃねぇか。 馬鹿らしいと思う前に直感する。 常に持ち歩き、己の半身のような存在であった3本の刀は、 文字通り体の一部になってしまったようだ。 雨雲の隙間からわずかに漏れる月明かりを頼りに、己の姿を水溜りに映してみれば、 まさに先日己が殺した狼男そのままの姿。 わずかに開いた口の奥にある牙こそが、和道一文字であるとわかる。 途中の山道に落としてしまったというよりはましだが、 これはこれで困った、とゾロは途方にくれた。 なによりも、散々例の衝動に耐えたせいなのか体が酷く疲れている。 こういう時は、熱い風呂にでも入って飯を食い酒を飲んで寝てしまいたいが、 今ここにはゾロの欲求を満たしてくれるものは何もなさそうだ。 せめて、雨をよける場所を探したいと思うが、すべてが億劫に思える。 その時だった。 雲が動き、わずかな月明かりすらも遮断され、辺りは完全な闇に包まれた。 しかし、この姿になってから、耳も良く聞こえるようになったため、 何かが地面を踏む音を確実に拾う。 「・・・・・・誰だ。」 しゃがれた声ではあったが、確かに人の言葉を己の舌はつむいだ。 そして、鼻腔に広がる不思議な匂い。 「あぁ・・・驚いたな。」 低く落ち着いた声は、ゾロの少し手前で立ち止まった。 自分の間合いには、ほんの数ミリ足りない。 「こんなところに捨て犬とは、珍しい。」 くっくと、喉を鳴らして笑う男に「誰が捨て犬だ」と不機嫌な言葉を返す。 「でも、そんな感じだぜ?こんなに濡れちまって可哀想に。腹も減ってんだろ。」 そう言われたとたん、一気に空腹を体が思い出したのか、ぐぐぐっと盛大な腹の虫がなった。 憮然として黙り込むゾロを尻目に、朗らかに笑い出してくれた男は、「来いよ」と、 明らかに人外の姿になってしまったゾロに向けてそう言った。 「そんな、途方にくれたみてぇな顔をすんな。 ・・・大丈夫だ、俺ならお前の病気も治せる。」 やわらかい声音だった。 何よりも、その男から漂ってくる体臭のようなものに導かれるように、 ゾロは改めて大地を踏みしめて立ち上がった。 死臭だ。 この男は常に死の匂いをまとっている。 ゾロはそれを直感的に感じ。 何故だか、この場から去ろうときびすを返した男の手を慌てて握ると、驚くほどにひやりとして冷い。 幼い頃不慮の事故で死んだ幼馴染の少女の温度を思い出し、全身の毛が逆立つ。 何か言い得ないものを自分は感じていると思った。 人から狼男へと変わったことで、新しい感覚が一つ目覚めてしまったと言う感じがする。 ざわりと風が鳴り雲を退け、月の光が男の姿を浮き上がらせる。 「俺の名はサンジ。 よくヴァンパイアとか呼ばれる化け物だ。」 サンジと名乗った月明かりの下の男は、呆然と手を握るゾロを見つめ、目を細めながら微笑んだ。 さらりとした金髪に黒衣から覗く素肌は抜けるように白い、 そしてどこまでも青い海色の瞳が印象的だった。 | |||
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