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この愛する大地の上で 5
怖かった。 それは、本能的な恐怖にも似ているような気がした。 女である私は、男と言う生き物に勝つことは出来ないのだと、そう言っているようで・・・。 ただ、体が震え、声も情けなく震えた。 そんなことはないと信じていた時もあった。 BWに潜入していたとき、男にすら負けないようにがんばってきたではないか、と。 女だって、腕力では勝てなくても、知恵を駆使して勝つことが出来る。そう信じて。 でも、そんなものが、今この時一体なんの役に立ったのか。 私はコーザという男の全てに恐怖した。 けれど、恐怖すると同時に、なぜか口を付いて出たのもその男の名前だけだった。 広い部屋の中、たった二人だけの空間で。 ソファに座り、コーザに抱きしめられながら 「コーザ。」 と、名前を呼んだ。 もう、リーダーと言う呼称ではなく。この人の真実の名前を。 「コーザ。コーザ、コーザ、コーザ、コーザ、コーザッ!」 一度呼んだらたまらなくなった、彼に必死でしがみ付きながら呼んだ。 それ以外の言葉を忘れてしまったかのように。 「・・・ビビ。」 私がコーザの名を呼ぶたびに、彼は苦しくなるくらいの力で私を抱きしめてくれる。 先ほどのコーザは本気で怒っていた。 それがわからないほど私は愚かではない。 「怖かった・・・。」 思わず口をついて出た。 コーザは「すまない」とつぶやいて、また私の背中を大きな手で撫でた。 その優しさに、頬を撫でる手のひらの温かさに、またぼろぼろと涙がこぼれる。 でも・・・ この先の言葉は言えないけれど。 だから、心の中でつぶやいた。 『でも、嬉しかった。』 そう。私は確かに望んでいた。 こうして、政略結婚を望もうとした私を、コーザならきっと叱ってくれるのではないかと思って。 ・・・私の中の「女」の部分が望んだのだ。 王女としての私は、アラバスタが大きな傷跡を残している事を知っている。 この状態では、他国からの侵略を招くだけ。早急な復旧が必要なのだ。 そして、復旧には莫大な金額がかかる。だから、そのために必要な行動はちゃんとわかっていて・・・。 でも、その度に「女」の私が邪魔をする。 今が、何の悩みもなく平和な時代だったら、私の願いはかなったかもしれない、と。 どうして私だけが、こんな思いをしなくてはいかないのか、と。 私にだって欲しいものはあるのだ、と。 こんなことは考えてはいけないのに、そう押さえつけるたびに騒ぐのだ。 国を飛び出して、BWの中に潜入していた時や、 麦わら海賊団と共に必死になって足掻いていたときとは全然違う。 あの時は、ただ国を救うことだけで頭がいっぱいで、 そのためなら何でも出来る、なんでもする、命だってかけてやると言う気持ちが身体を突き動かしていた。 そして、今だって、私の行動は国を救うためのものなのに、 どうして、同じように「身体くらい差し出してやろう」と言えないんだろう。 命をとられるわけじゃないのに・・・いいえ、なぜか、今は命をかけるほうがずっと楽だとさえ思ってしまう。 今、私を抱きしめるこの身体は、男の物だった。 あの混乱のさなか、一度彼を止めるために抱きしめたことはあるが、その時には感じることの無かった、男ゆえの色香を感じずにはいられない。 そして私も、もう既に子供のそれではなく、確かに女の身体で・・・。 頭の中が真っ白になって、心が震えた。 抱かれたい。と思った。 それは願望と言うよりは、衝動。 この男に、女として。 王女だとか、反乱軍のリーダーだったとか。そんなことはもうどうでも良くて。 はしたないとか、王族としての自覚が無いだとか。そんなこともどうでも良くて。 気がついたら、私は縋り付くように彼の唇に己の唇を重ねていた。 「っ・・・ビビ?!」 掠れたような、男らしい声。 コーザは、自分で私をここまであおったというのに、困ったような視線で私を見る。 けれど、私の髪を梳く手はそのまま。 何も変わっていない昔と同じ手つき。何かとあれば良く泣く私を、ぶっきらぼうな表情をしながら慰めてくれた手。 けれど、その手の大きさは子供の頃とはまったく違っていて。 それが、どうしても辛くて、同時に幸せで私はまた泣いた。 『孤高の女王となろう。』 力強い腕、少しかさ付いた唇の感触、流れる涙をそっとぬぐう指先を感じながら思った。 他の男などに頼らず、一生未婚のままで。 他国の援助がもらえなくなってしまうから、これからもこの国は苦労するだろう。 必要以上に復興に時間がかかってしまうのだろう。 けれど駄目だ。私はコーザ以外の男性を夫とすることは絶対にできない。 あれだけ一生懸命悩んで決めたことだったけれど。 コーザに出会ってしまったことで、すべてひっくり返ってしまった。 この人以外の子供を生み、その子供を愛することは絶対にできない・・・と、わかってしまったから。 だって、それでは、生まれてきた子供こそが可哀想じゃない。 愛の無い子供時代を過ごした者が王になったらどうなるか、それは今までの歴史書が散々語っているじゃない。 ・・・いいえ、そんなことはどうでもいいのよね。 単純に、本当に単純に。コーザ以外の男にこの身体を許したくないの。 でも、コーザに私の女としての全てを捧げることはしないわ。 それだけは、一生懸命耐えるから。今のこのくちづけだけで我慢するわ。 こうやって、一度だけ抱きしめて、この温もりだけを糧に生きていくわ。 それが、私が皆に見せれる精一杯の誠意。 だから、せめて別の男に嫁ぐことだけは許してほしい・・・。 ごめんなさい、先代の王達よ。 そして、国中の皆。 自分の感情で物事を決めてしまう私は、きっと最低の女王になる。 だけど、本当に大切な物だけは忘れることの無い 最低よりはほんの少しだけマシな王になるから。 どうか、許して・・・。 |