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この愛する大地の上で 1
「テ、テラコッタさん。やっぱりそれ、苦しい!!」 「何をお言いですか。これが、正装というものです。我慢なさいませ。」 ぎゅうーっと懇親の力でコルセットを締め付けられて、その度に私は悲鳴を上げた。 「い、息!息ができない!!」 正直、歴代の王族の女性と言うのは本当にこんな物を着けて日々を過ごしていたのだろうか。 おかしい……というより、これは拷問と言っても良いのではないだろうか。 美しくありたい、という願望は私にもあるが、 まったくにもって頭が下がると言う物だ。 「クエー」 カルーが心配そうな目で私を見ていた。 「ふふ、ありがとうカルー。でも何とか頑張って行かないとね。 成人してからはじめての外交だもの。」 私はこれから、付近の国の王達が集まる場に出向く。この衣装はその為の物だ。 「それじゃぁ、私は行ってくるけど。カルーも大人しくしててよ? ご飯を食べ過ぎておなかを壊したりしないこと。」 「クエーーーェェ」 外交の場に、さすがにカルーは連れて行けない。 ペット禁止……とか言われているわけではないが、 この子は私の心情を何よりも分かってくれる。 だから、もし私が気分を害することがあったら、 カルーはその原因にとび蹴りを食らわせることくらいやりかねない。 だから連れて行けないのだ。 他国の重役に手を出したなんていうことが起きたら、大問題だから。 「カルーお留守番、よろしくね。」 これから数日間、私はこの子に頼ることはできない。 辛いことも、悲しいことも、一人でこの胸に留めていなければならない。 「さ、できましたわよビビ様。」 「ありがとう、テラコッタさん。だけど、それにしても凄い服だわ。」 胸も寄せて上げすぎだと、思わず笑ってしまった。 「ですが、お美しいですよ。さ、胸をはって、顔をあげて。頑張って行ってらっしゃいまし!」 テラコッタさんの大きな手が私の背中を優しく叩く。それはとても嬉しかったけれど。 鏡に映る自分を見て、なんだか不思議な気分になった。 何のために、私はこんな服を着るのだろう。 美しく見せるためなのだとしたら、誰に見せるためなのだろう。 部屋に飾られた亡き母の写真を見ながら、私はポツリとつぶやいた。 「羨ましいわ。お母様。」 外交の為に来た……とは言え、主に話し合いの席に立つのはパパ……いえ、父の仕事だ。 だから、私のすべきことは、他の国の人たちに顔を覚えてもらったり、 とにかく重役達との交流を図ること。 父は、ゆっくりと勉強をすればよい。と言ってくれたけれど。 今の国の状況では、のんびりしている訳にはいかないのだ。 なるべく早く、父の片腕になり、そして父の後を継げるだけの能力を手にしなければいけない。 とは言え……私がここに来た理由は、他にもあるのだけれど。 「アラバスタのビビ王女。ですね? お初にお目にかかります。私は、ジング王の三男でカストと申します。」 不意に声をかけられて振り返った。 目の前に居たのは、中肉中背の黒髪に茶色の目の男。 細い目と、細い顎がなんだか蛇に似ているような気がした。 私が挨拶を返すと、 カスト王子はどこからそんな話題が出てくるのかと思えるような マシンガントークで、私の足を留めさせた。 何を考えているのか分からないが、どことなく好色そうな視線を感じて、 一気に気分が悪くなる。 「お綺麗ですね。」と、顔だの、髪だの、ドレスだのを褒めてくれはするのだが、 別にこの男の為に着飾っているわけではない。 この場にいる人間の誰もが私のことを、 『女の形をした人形』のように私を見る。 ……仕方の無い話だとは思っている。 王族の中に生まれた「女」が、どのように扱われ、 どのように認識されているのか、私は身にしみてわかっているから。 「この度、アラバスタでは大変でしたね。」 ただ、なんとなしに聞いていた彼のこの一言で、 そのジング王の三男と呼ばれた王子は、確かに頭の悪い人ではないと思う。 だが、同時に彼は本当の戦争と言う物を知らないな……とも。 ただの、挨拶のような物なのかもしれないが。 その響き、言い方、表情、……そういったほんの些細な事が物語っている。 彼にとって、おそらく戦争と言う物はビジネスなのだろうと推測した。 確かに、戦争はその他の国に無尽蔵の金を生む。 実際、ジングという国は、 ここ数年、他国に武器や資源を輸出することによって財を得ている国だ。 他国から恨まれぬように、決して敵にならぬように上手く立ち回っている、 頭の良い者達の集まった国なのだろう。 だから、彼らは知る必要が無い。 あの焦燥感を。大切な物が、指の隙間から零れ落ちてゆく感覚を。 泣いても叫んでも動かない絶望を。 そして、それこそが戦争なのだと言うことを、 彼らは知らずに、安全な場所から血を流している者達を嘲笑っている。 突如、彼に対して耐え切れない嫌悪感が沸いた。 己の肩に触れられている、彼の右手を思い切り振り払いたいと強く思った。 だが、彼はそんなことには気づかずに、 ぺらぺらと自分の国の豊かさを自慢げに話している。 『その豊かさは死体の上に成り立っている物じゃない!』と、叫んでやりたかった。 だが、きっと彼は自分を哀れむような視線を向けて 『けれど、その豊かさを我が国民は望んでいるのですよ。』 と、あの蛇のような顔で笑うのだろう。 この手を振り解いてはいけない。別にこの男と結婚をすると決まったわけではないが。 これが、政略結婚なのだと思った。 ふと思う。先ほどこの男が褒めたこのドレスは、 ……私はこの男の為に着た訳ではないけれど、 でもやはりこう言った男達の目に止まる為に着たと取られてしまうのだ。 母は、愛した父の為に着飾る事ができた。 けれど私は……、どんな人間とも分からない人間の為に、この身を飾る。 別に、父や皆が私に結婚を望んでいるとは思っていない。 けれど、私は必要だと思っている。 つまり、国の復興には、どうしたって他国からの援助が必要だからだ。 この砂の城を、どんな手を使ってでも護らなくてはいけない。 そして、一番手っ取り早くそれが手に入るのが…… 結婚と言う名の身売り。 |