序章
時は江戸時代。
天下泰平の世である。
季節は、蝉の鳴き声が五月蝿く、蚊の襲撃に苦悩する夏。
うだるような暑さと、目に焼きつく太陽の光の下、
一人の、屈強な男が道を急いでいた。
よくよくみれば、緑の髪に腰に三本の刀を差すという、奇妙な風体をしていて。
この暑い最中に、わき目も振らずに走り、
その見事な筋骨が覆われている、鞣革のような皮膚の上を、
たらたらと汗が滴り落ちていた。
意志の強そうなきりとした眉の下の瞳は、
なぜか少々凶悪といっていいほどに光っている。
若者の名はロロノア・ゾロ。
その、比類なき剣の腕だけでなく、頭の冴えと、人々からの信頼を見込まれて、
若くして江戸南町奉行(今で言う東京都知事らしい)を任された男である。
その日。
ゾロは、いつもの様に仕事場で働いていたところを急に呼び出された。
しかも、性急にとの条件付だったので、下手に籠を使うよりも走ってきたのだ。
この江戸城に出入りする大部分のじいさまたちには無理だろうが、
ゾロにとってはその方が速い。
城に入るなり、顔見知りの侍女が、手ぬぐいを渡してくれたので、
軽く汗をぬぐったのだが。
それでも新しい汗が額やら首筋やらを濡らす。
「かたじけない。」
そう言って、手ぬぐいを渡してくれた侍女にそれを返すと、
彼女は頬を桃色に染めて、恥ずかしそうに「いえ」とつぶやいた。
「悪いが、人払いも頼まれてくれ。
これは、上様のお望みでもある。」
「は、はい。かしこまりました。」
侍女が確かにこの場を去った事確認してから、
ゾロはとある部屋のふすまの前で膝をついた。
「ゾロです。ただいま参りました。」
走ってきてなお呼吸は乱れていないらしく、凛とした声が響いた。
「ああ、入れ。」
ゾロは、奉行を任されるにはあまりにも若すぎる年齢であったが、
その、ふすまの向こうから聞こえてきた声も、それに負けず若い。
そして、ゾロはゆっくりとふすまをあけ……そのまま、
……がくり、と頭をたれた。
「おい。」
ゾロは呻く。
「尻」が、こちらを向いていたのだ。
そう、尻である。
ケツとか、臀部とか言われているそれ。
もちろん、それは剥き出しであったわけではなく、
残念(!?)なことに、着物に包まれてはいたのであったが。
そのうす布を剥いでやったら、
剥き立てのゆで卵のように、ぷるんと白い肌が出てくるんだろうなぁ、
と思われるソレが。
なんだかこう、……無造作に落ちている。
ああああ、ちがうだろ。拾っちゃまずいだろ俺。
どんなに、一見拾ってください、撫でてください、噛んでください、
いや、いっそぶち込んでください、と言わんばかりの尻であったとしても。
今日の俺はその為に来たわけじゃないだろ。うん、多分。
多分……いや、違うのか?誘われてんのか?
でも、ここは一応仕事場だし、
いや、さっき人払いをしたばかりだから誰も入ってこねぇし。
だけど、万が一ちがくて抵抗されたらどうするよ。傷付いちゃうだろうが。
あぁ、でもやっぱり抵抗する尻を無理やりって言うのも燃えるなおい。
嫌がったとしても、力で押さえ込んで、
着物を捲くって、その尻をぐっと左右に広げてやりてぇ。
その奥まった部分にひっそりと息づく、ピンク色のそれに吸い付いてやりてぇよ!
畜生!なんで、こんなところに、
こんなにも俺の心をかき乱す尻が落ちてやがるんだーーーーーーーー!!
……等々。
瞬時に色んな事を考えてしまったゾロの心境を知ってか知らずか、
その尻の持ち主は、上半身の着物をはだけ、
寝っ転がった状態で、だるそうに扇子をはたはたさせていた。
「……おい、聞いてんのか。」
「あー?」
ごろーんと、仰向けになって、顔だけこちらに向ける。
その拍子に、ゾロの視線を釘付けにした尻が姿を隠し、
やっと、ゾロは普段のようにガナリだした。
「あーじゃねぇよ、あーじゃ。
なんつー格好してんだ、このボケ!」
「ああん?!てめぇ!
お殿様になんつー口の聞きかたしっちゃってるんだ、こんクソが!」
そう、この尻こそ……いや、彼こそがこの江戸の八代将軍サンジ。
金色の髪に、青い瞳と言う、珍しい容貌に加え。
華奢でありつつもしっかりとした鍛えられた肉体を持ち、
その美貌ゆえに人の目を引きつけてやまない、彼は。
美しい外見とは、ちょっぴり似通わない口汚い言葉で、ゾロに噛み付くのだ。
「なれば、お殿様らしい格好をしてくだされば宜しかろうでござる!」
「うぅわ!なんか、すっげーむかつく!しょうがねぇだろ、あっちぃんだからよ!」
「そりゃ俺だって一緒だ!ったく、
このあちぃ中てめーのために走ってきたかと思うと…。」
「なに?俺のために走ってきちゃったの?!」
またまた、ごろごろ〜んと、転がって。
今度は、ゾロに向かっておいでおいでと手招きをする。
「苦しゅうない、ちこうよれ。」
「何馬鹿殿みてぇな言い方してやがる。」
ゾロは、ふんっと一息つくと、
ふすまを閉めてサンジのすぐ傍にどかりと腰をおろした。
「性急にとか文に書いたのは何処のどいつだ。」
「へへへ〜俺〜。って、汗くせぇ〜〜〜!男クセぇ〜〜〜!最悪だな!お前!」
「クセぇんなら離れりゃいいだろうが。」
「はは、拗ねるなよ。最悪だが、お前の匂いは嫌いじゃねぇ。」
サンジはにひっと笑うと、そのままうじうじと匍匐前進をして、ゾロの膝の上に乗り、
その腰にしがみついた。
ゾロもそんなサンジを優しく見つめて、その金糸に指を絡める。
サンジはくすぐったそうに目を細めて、ひどく幸せそうな表情を浮かべた。
「こんなとこ、お目付け役のチョッパーが見たらまた青くなるぞ。」
「いいんだ。」
「チョッパーはお前の事を心配してるんだぜ?」
「判ってるよ。……って、なんだよ。
今日は予定がキャンセルになって一日暇になったからお前を呼んだのに。
嬉しくねぇのかよ。」
唇を尖らせて講義するサンジを、微笑みながら見つめ返すゾロ。
腰にしがみついているサンジを、腕だけの力でぐいっと引っ張り、
そのまま自分の膝に座らせた。
「お前の事が好きだ。愛している。
最近お互い忙しかったからな…本当に、会えて嬉しい。」
「へへっ、そうやって素直に言えばいいんだよ。」
笑ったままのサンジの唇に口付けを送ると、
それは少し冷たくて、とても心地がよかった。
八代将軍サンジと南町奉行のゾロ。
二人は、ちょっぴり人にはいえない関係を持っていたりする。
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